
オリジナルノベルティ
Uが「陰謀の世界史」(文芸春秋)のなかで取り上げているので、興味のある方は読まれるとよいが、それほど中央銀行総裁の地位というのは怪しげで微妙で強大なものなのだ。
陰謀説はともかく、この不思議で巨大な権力が正当かつ正統であることを主張するには、総裁に就いた人物が「神の如き」振舞いをするしかない。
任務において完璧を期すとともに、普段の言動においても批判の余地のない公明正大さを示さねばならない。
つまり、中央銀行総裁は金融システムの中立性のシンボルでなくてはならないのである。
F総裁はこうしたシンボルたることに完全に失敗した。
結局、日本の金融システムは、独立性の高いシステムに転換してわずか八年で、そのモラルの源泉の崩壊に至った。
そして、そのことに気がついていながら、K前首相を始めとする政治家たちは政局安定のため、金融関係者は自分の権益保持のため、エコノミストたちはよく考えもしないで、「こんなことは、たいしたことではない」といってみせたのである。
だが、このモラル崩壊のツケはこれから国民が払わされることになるだろう。
「法律にふれなければ何をしてもいい」と言ったH同様、「内規になければ罰せられない」と宣言し、批判が高まってから収拾策として「儲けた分は寄付する」と言い出す中央銀行総裁を仰ぎ見る日本が、いかなる混乱に遭遇するかを知るには、この数年の間に起こったことを思い出すだけでよい。
Mファンド事件もL事件も、こうした金融モラル崩壊の、ほんの始まりの始まりでしかない。
この数年、日本経済の仕組みが急速な変貌をとげるなかで、これ以上に印象的かつ象徴的なものはないといえたのが、Mの逮捕直前の記者会見だった。
この記者会見でMが丸く目を見開き、「お金儲け、悪いことですか」と言い放った光景を、いまも思い出す人は多いに違いない。
しかし、私は、こんなありふれた「決まり文句」だけで、このときの記者会見を記憶しているわけではない。
何より興味深く思ったのは、「多大な迷惑をおかけした」と謝罪の言葉を述べたかと思うと、まさにその舌の根も乾かぬうちに、自分がやってきたことは「カネ儲けのためだけではない。
でも、むちゃくちゃに儲けたからみんな嫌いになったんではないか」などと、自分の逮捕を世間の嫉妬のせいにしてみせたことだった。
また、犯罪自体としては、単純すぎるほど単純な証券取引法違反であるのに、自分のことを「プロ中のプロ」と呼び、「日本がいやになってきた。
がんばった人をたたえる、税金を払った人を称賛する(ということがないこと述べ、先に逮捕されたHのことを「この才能が生かされないのは惜しい。
若い人には是非がんばってチャレンジしてほしい」などと、自らとともにインサイダー仲間の「才能」を高く評価してみせたことにも唖然とした。
こうした過剰な演出癖と奇妙なナルシシズムは、いったい何処からくるのだろうか。
Mは「変節」したのかM逮捕にかんする報道について何より疑問に思ったのは、Mファンドが「もの言う株主」あるいは「モノ言う株主」と呼ばれてきたということだった。
ほとんどの新聞が、かつてMは「もの言う株主」として期待されたことがあったが、ある時期からそうではなくなったというトーンで語っている。
たとえば、Mが逮捕された翌日、N経済新聞の社説は次のように述べた。
この記者会見に限らず、Mの発言にはおよそ脈絡というものがなく、決まり文句と自己称賛と自己正当化だけがただ羅列されているという事実にも、深い関心をもたざるをえない。
日本人が饒舌に語り、金融関係者が「もの言う株主」と呼んだが、Mの言動に、お金儲け以外の何か一貫したものを見つけるのは、きわめて困難なのである。
「モノ言う株主」として注目されたM代表は「企業統治改革で株主利益を高める」と理念を語ってきた。
他の株主や投資家を踏み台にするインサイダー取引はその理念を裏切るものだ。
(N経済新聞二○○六年六月六日付)M代表は、企業価値の向上を旗印に経営陣に厳しい注文を突きつけ、「もの言う株主」として脚光を浴びてきた。
会社法の理念を語り、経営者に厳しい規律を求めたM代表に新しい株主像を見た人々は、裏切られた思いだろう。
(A日新聞二○○六年六月六日付)同日のA日新聞社説も、表現が少し違うだけで、Mについては、ほとんど同じ転落のドラマを奏でている。
しかし、結論を先に言ってしまえば、Mファンドを「もの言う株主」と呼ぶのは、実は最初から間違っていたのだ。
Mが逮捕されたからいうのではない。
また、Mが世の中を欺いており、それが今回明らかになったからというわけでもない。
そもそも、マスコミがMファンドを「もの言う株主」と呼んだこと自体がおかしい。
その意味では、国民を欺いたのはMだけではなく、マスコミのMファンド報道も同罪だったのである。
Mは「日本の産業構造を変えてみせる」と豪語してMファンドを設立し、そのさいOのM会長に出資を依頼した。
M会長が「自分でも集めてきたら考える」と答えたところ、Mは実際にかなりの額を集めてきたので、感心して出資を決めたというのが、Mファンドの創業神話だ。
この神話が、どこまで現実を反映しているのかはともかく、創業の時点でMに「日本の産業構造を変えてみせる」という志が、まったくなかったとはいいきれない。
おそらく、なにがしか社会に貢献しようとする気持ちはあっただろう。
しかし、そうであったとしても、この種のファンドを「もの言う株主」と呼ぶのは、まったくの誤用なのだ。
Mファンドが頻繁にマスコミに登場する以前、「もの言う株主」と呼ばれていたのは、たとえば、力リフォルニァ州の公務員退職年金基金であるKルパース、NAPF(英国年金基金協会)に属する機関投資家、Bの年金資産運用で知られるHなどだった。
八○年代、先進諸国において、急速に株式投資が大衆化され、小口の投資家が急増していったとき、彼らは「もの言えぬ投資家」あるいは「もの言わぬ投資家」でしかなかった。
これに対して、大口の投資家である年金基金や投資信託会社が「もの言う株主」として注目されるようになった。
これも誤解されていることだが、株主総会が「シャンシャン大会」と化して株主が総会で発言できないという問題は、けっして総会屋がはびこった日本だけのことではない。
アメリカでも英国でも同じ傾向は進んでいた。
そもそも、株主総会で小口株主が次々と発言するようなことになれば、議事進行は停滞して、何も決まらないだろう。
また、すべての株主に文書を通じて意見を求めるとすれば、手間と費用は膨大なものになってしまう。
さらに、小口の株主が何かを言おうとしたところで、現在の企業は経営の規模が大きく複雑で、その決定事項も専門化してしまっているので、有効な問題提起をするのは並大抵のことではない。
「もの言う株主」として注目を集めた機関投資家は、株式の保有率が高いだけでなく、多くのプロを抱えることができるので、的確にその企業の問題点を指摘できるだけでない。
「不特定多数」の一般市民からお金を集めているため、確実に利益を上げることを求めるとともに、リスクの高い経営には警戒心がある。
ことに公的な年金運用機関の場合は、社会的に批判を受けるような企業に投資するのは回避しようとする。
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